用地取得と損失補償とは?公共事業の土地買収の流れ

道路を造る、河川を広げる、公共施設を建てる——いずれも、まず土地がなければ始まりません。公共事業の多くは、他人の土地を取得するところから出発します。このとき、所有者は意に反して財産を手放すことになりますから、相応の補償が必要です。その仕組みを定めているのが、損失補償基準であり、土地収用法です。用地が取得できなければ工事は着工できず、事業そのものが止まります。本記事では、用地取得の流れ、損失補償の考え方、工事への影響を解説します。
この記事のポイント
- まず任意の買収交渉を行い、決裂してはじめて強制的な手続きに移る
- 補償は「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」などに基づいて算定される
- 用地が未取得のまま発注されれば、工事の着工に支障が出る
任意買収が原則
公共事業のための用地取得は、いきなり強制的な手続きで行われるわけではありません。まず任意での買収交渉から始まります。
流れとしては、おおむね次のように進みます。
- 事業の説明——地元説明会などで、事業の内容と範囲を示す
- 用地測量——取得が必要な範囲を確定する
- 物件調査——建物、工作物、立木など、土地上にあるものを調べる
- 補償額の算定——基準に基づいて金額を算出する
- 交渉・契約——所有者と話し合い、合意できれば契約を結ぶ
- 登記・引渡し——所有権を移し、補償金を支払う
この交渉が成立すれば、強制的な手続きは不要です。実際、多くの用地は任意買収によって取得されています。
ただし、通常の不動産取引とは性格が異なります。売買契約の形をとっていても、補償基準に基づいて金額が算定されるため、単純な値段交渉にはなりません。
補償はどう算定されるか
補償の考え方を定めているのが、昭和37年に閣議決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」です。これに基づき、各省庁や自治体が具体的な基準を定めています。
土地を取得する場合は、正常な取引価格によって補償することとされています。その価格は、近傍類地の取引価格を基準として、価格形成上の諸要素を比較考量して算定されます。
補償の対象は土地だけではありません。次のようなものが含まれます。
| 補償の種類 | 内容 |
|---|---|
| 土地の補償 | 取得する土地そのものの価格 |
| 建物等の補償 | 建物、工作物、立木などの移転に要する費用 |
| 営業補償 | 移転により営業に生じる損失 |
| 通損補償 | 引越し費用、仮住居の費用など通常生じる損失 |
これらを個別に算定し、合計したものが補償額になります。建物の調査や補償額の算定には専門性が必要であり、補償コンサルタントが担うことが多い業務です。詳しくは補償コンサルタント登録制度とはをご覧ください。
土地収用という最終手段
任意の交渉が決裂した場合、はじめて強制的な手続きへと移ります。その根拠が土地収用法です。
土地収用法は、公共の利益となる事業に必要な土地等の収用または使用に関し、その要件、手続、効果、損失の補償などを定めた法律です。
手続きは段階を踏みます。まず、その事業が収用に値するものかを判断する事業認定を受けます。次に、収用委員会に裁決を申請し、補償額や明渡しの時期が決定されます。
この一連の手続きには、相応の時間がかかります。年単位になることも珍しくありません。だからこそ、任意での合意形成に力が注がれるわけです。
強制的に土地を取得するという行為は、財産権に対する重大な制約です。そのため要件も手続きも厳格に定められており、安易には使えません。
なぜ用地取得に時間がかかるのか
用地取得は、公共事業が遅れる最大の要因のひとつです。なぜ時間がかかるのでしょうか。
第一に、相手が多いことです。道路を一本通すだけで、何十人、何百人という地権者が関わります。一人でも合意しなければ、その部分の工事はできません。
第二に、権利関係が複雑なことです。相続の登記が何代も済んでいない土地、所有者の所在が分からない土地、共有者が多数いる土地。こうした案件では、誰と交渉すればよいかを確定するだけで時間がかかります。
第三に、生活そのものが関わることです。長年住んできた家を離れる、代々の土地を手放す、商売の場所を変える——金額だけの問題ではありません。感情の整理に時間が必要な場合もあります。
第四に、代替地の問題です。移転先が見つからなければ、合意しても動けません。希望に合う土地を探すこと自体が難題になります。
工事への影響
工事を請け負う立場からすると、用地の問題は自分ではどうにもならない制約として現れます。
典型的なのが、用地が未取得のまま工事が発注されるケースです。契約上は着工できる期間なのに、現場に入れない。あるいは、一部の区間だけ施工できず、工程が分断される。
これは受注者の責めに帰することができない事由です。したがって、発注者が工事の一時中止を指示する手続きの対象となり得ます。中止期間中の現場の維持に要する費用や、工期の変更が検討されます。
重要なのは、状況を書面で明らかにしておくことです。いつから施工できないのか、どの範囲が影響を受けるのか。口頭のやり取りだけで待機していると、後の協議で根拠を示せません。
詳しくは工事の一時中止とは、工期変更・工期延長とはをご覧ください。
発注前に片づけておくべきこと
本来、用地の取得は工事を発注する前に完了しているべきものです。
公共工事の発注関係事務については、施工条件を明確にしたうえで発注することが求められています。用地が整っていない状態での発注は、この要請に反します。
とはいえ、現実には年度の予算執行の都合などから、用地の見通しが立った段階で発注される例もあります。その場合、施工条件として用地の状況を明示することが求められます。
応札する側としては、設計図書や公告から用地の状況を読み取る目が必要です。記載がなければ、質問の機会に確認しておきましょう。「どの範囲が取得済みか」を把握していなければ、工程を組めません。
用地取得に関わる業務
用地取得は発注者の仕事ですが、実務の多くは外部に委託されます。どのような業務があるのか見ておきましょう。
- 用地測量——取得する範囲を確定し、面積を算出する
- 物件調査——建物や工作物の構造・規模を調べる
- 補償額の算定——基準に基づいて金額を算出する
- 権利調査——登記簿や戸籍から権利者を特定する
- 補償説明——権利者に補償の内容を説明する
これらは、測量業者や補償コンサルタントが受託する業務です。専門性が高く、登録制度が設けられている分野でもあります。
とくに難しいのが権利調査です。相続が何代も放置されていれば、戸籍を遡って相続人を特定する必要があります。数十人に及ぶこともあり、全員の同意を得るのは容易ではありません。
測量業務については公共測量とはをご覧ください。
残地の扱い
用地取得で論点になりやすいのが、残地の問題です。
事業に必要なのは土地の一部だけ、ということがあります。道路が敷地の端を通る場合、残りの部分は所有者の手元に残ります。これが残地です。
問題は、残った土地が使いにくくなる場合があることです。細長い形になった、道路に接しなくなった、面積が小さくなって建物を建てられない——こうした状況では、残地の価値そのものが下がります。
このため、損失補償の考え方には残地に関する補償も含まれます。価値の減少に対する補償や、残地に生じる工事の費用に対する補償などが検討されます。
所有者が「残しても使えないから全部買ってほしい」と求める場合もあります。どこまで応じられるかは制度上の制約があり、交渉が長引く要因のひとつになります。
用地と工事の順序
事業全体の進め方のなかで、用地はどの位置にあるのでしょうか。
理想的な順序は、計画の決定、設計、用地取得、工事です。線形が固まらなければ必要な土地の範囲が決まらず、用地が整わなければ工事に入れません。
ところが現実には、この順序どおりに進まないことがあります。予算の年度割り、事業の優先順位、地元の要望——さまざまな事情が重なります。
そこで、取得できた区間から順に工事を進める方法がとられます。区間を分けて発注することで、用地の進捗に合わせられるわけです。
ただし、分割すれば一件あたりの規模は小さくなり、効率は落ちます。また、分断された区間は完成しても供用できません。完成した部分から使う方法として、部分引渡しや部分使用の仕組みもあります。詳しくは部分引渡し・部分使用とはをご覧ください。
事業促進との関係
用地取得は、事業の進行を左右する要因であるがゆえに、体制の強化が図られてきました。
大規模事業では、用地の件数が膨大になります。発注者の職員だけでは、交渉の件数に対応しきれません。そこで、官民の技術者が一体となって事業を進める仕組みが導入されています。
東日本大震災後の復興道路事業では、短期間で大量の用地を取得する必要がありました。民間の技術者が現地に常駐し、用地の調整にも関わる体制がつくられています。
詳しくは事業促進PPPとはをご覧ください。
工事を請け負う立場からは直接関わらない領域ですが、用地がどこまで進んでいるかは工程に直結します。着手時の打合せで状況を確認しておくことが、無理のない計画につながります。
地元説明という仕事
用地取得の前段には、事業そのものへの理解を得るという段階があります。
なぜこの道路が必要なのか、どこを通るのか、いつ完成するのか。地元説明会で示し、意見を聞きます。この段階で理解が得られなければ、個別の用地交渉に入っても難航します。
ここで大切なのは、一方的に決めて告げるのではないという姿勢です。線形や構造について、地元の意見を踏まえて修正されることもあります。
工事を請け負う立場でも、無関係ではありません。着工後、騒音や振動、通行の制約について地元から意見が出ます。事業そのものへの不満が、工事への苦情という形で現れることもあります。
そうした場面では、受注者が単独で対応しようとせず、発注者と歩調を合わせることが大切です。事業の経緯を知らないまま説明すれば、かえって混乱を招きます。騒音・振動の届出は特定建設作業とはをご覧ください。
工事に伴う一時使用
用地は、取得するだけとは限りません。工事の期間だけ一時的に使わせてもらう場合もあります。
資材の置き場、仮設の進入路、残土の仮置き場——施工に必要な土地が、取得した範囲だけでは足りないことがあります。
この場合、発注者が借り上げる場合と、受注者が自ら手配する場合があります。どちらなのかは契約の定めによるため、着手時に確認が必要です。
受注者が手配する場合、その費用は積算に含まれているかを確かめます。含まれていなければ、持ち出しになります。
また、借りた土地は工事が終われば原状に回復して返すのが原則です。整地の費用や期間も見込んでおく必要があります。
よくある質問
補償額はどう決まりますか
土地については正常な取引価格によって補償され、近傍類地の取引価格を基準に価格形成上の諸要素を比較考量して算定されます。建物の移転費用、営業補償、通損補償なども個別に算定されます。
いきなり土地を収用されますか
されません。まず任意での買収交渉が行われ、それが決裂してはじめて土地収用法に基づく手続きに移ります。事業認定や収用委員会の裁決といった段階を踏むため、相応の時間を要します。
用地未取得で着工できない場合は
受注者の責めに帰することができない事由であり、工事の一時中止の対象となり得ます。工期の変更や増加費用の負担が検討されるため、状況を書面で明らかにし、早めに発注者と協議してください。
まとめ
公共事業の用地取得は、まず任意での買収交渉から始まり、それが決裂してはじめて土地収用法に基づく強制的な手続きへと移ります。補償は「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」などに基づいて算定され、土地の価格のほか、建物等の移転費用、営業補償、通損補償が対象となります。土地については正常な取引価格によって補償され、近傍類地の取引価格を基準に算定されます。用地取得に時間がかかるのは、地権者が多いこと、権利関係が複雑なこと、生活そのものが関わること、代替地の確保が難しいことによります。工事を請け負う立場では、用地未取得による着工の遅れは自らの責めによらない事由であり、工事の一時中止や工期変更の対象となり得ます。状況を書面で明らかにし、早めに協議することが要点です。関連して補償コンサルタント登録制度とは、工事の一時中止とはもあわせてご覧ください。
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※本記事は公開時点の情報をもとに作成しています。補償の算定方法や手続きは事業主体により異なります。具体的な内容は損失補償基準要綱・土地収用法および各事業主体の一次情報をご確認ください。